プロローグ

とある世代宇宙船。
総勢200人前後がこの船で暮らしている。
地球を旅立ち、100年近い月日が流れていた。地球を旅立つ光景を知る最後の女性が老衰で亡くなったのはつい数か月前のことだ。

これで現在の住民は全員が航行中に新しく生まれた命であり、子供から大人まで、この宇宙船内こそがこれまでの人生と世界のすべてである。

まだかろうじて、自分たちの使命を理解することはできているし、その使命のための必須教育の一環として、様々な状況下でのサバイバル知識や、コロニーの建設方法というものを小さな子供のころから学んでいるが、土も木も、小川や海も、青いと伝えられている空も、実物を見たことがなく、旅立つ原因だった地球という惑星の悲劇、惨劇がどれほどのものだったのかということについても、小説か物語の中のことでしかなく、体験として真に理解している者は一人もいない。

そんな宇宙船の住人の一人であり、Amanogawa家の末っ子であるTanpopoには、2人の兄がいて、一番上の兄には嫁さんに、娘がふたり、二番目の兄には息子が1人いる。

それと父親の8人家族でこの船に住居していた。

母親のことは実はよく知らない。二番目の兄の妻もいつのまにか姿を消していた。

世代宇宙船では厳しい人口抑制ルールが存在する。産んではいけない子供を産んでしまった母親や父親が子供の代わりにエアロックで自殺したり、赤子を連れてドロップポッドで永遠の夜空に旅立っていくのは、世代宇宙船ではよくある話である。


そんな、地上生活者の常識からすると実に奇妙な常識の中で育ったTanpopoは今日、17歳の誕生日を迎えた。

そしてTanpopoの母親は、2人の兄たちとは別人で、異母兄弟だということを知らされるという衝撃的な誕生日を体験していた。
ちなみに、今知らされた別の母親のことも、Tanpopoは、まったく知らない。

まぁそれでも家族円満なんだ。いまさらそんなことはどうでもいいだろう。(楽観主義者)

というかそれもこれも、世代宇宙船ではよくある話だ。
今は自分のために催されたパーティを楽しもう

そして…、

Tanpopoは、いつの間にか眠ってしまっていた。

いったいどうして…?
なぜこんなことになっているのか、まったくわからないが、

目が覚めるとそこは、知らない場所だった。
宇宙船でもない、地球でもない。まったく知らない場所。

ここが地表だろうというのは宇宙船で見せられた地球の映像に似ているからそうなんだろうと思うだけだ。

足元には草と埃と土、頭上はどこまでも広く高く広がっている。これがソラなんだろう。

Tanpopoは、どこまでも広い地表と空というものの感触を生まれて初めて味わっていた。

傍らにはドロップポッドの残骸。
おそらく、眠らされてこの惑星に落とされたか、重力に鹵獲されて墜落したのだろう。

ドロップポッドは、鉄くずとなり、Tanpopoは何も身に着けておらず全裸だった。

ここはいったいどこで、家族は?
父親の名を叫んだが返事はない。次に2人の兄の名前を呼ぶ。

長男の娘二人は、Tanpopoと歳も近く、なんだか最近、顔をみているとドキドキする感情を覚えたものだが、名前を大声で叫んでみても、その音は遠く空にかき消されてしまった。彼女たちの無事な笑顔を再び見ることができるのはいつなんだろう。

それにしてもすごい。空はこんなに大きいんだ。宇宙船でこんな大声を出したらどれだけ叱られたかわからないが、ここでは叫び声なんてどこにも届いていないと感じてしまう。

空の広さに感動して、次に感じたのは寒さだった。

寒い…寒すぎる…
服もない、食べ物もない、助けを求めようにも、周囲は家族どころか、誰も見当たらない

もしかして、これは…

ああ、そうか…
これは死ぬんだ
このままでは死ぬ…死んでしまう…